岩手県盛岡市立厨川中学校[同窓会]

総会報告(19年度)

平成20年10月27日(土)、ホテルメトロポリタン盛岡ニューウイングにおいて、創立60周年記念同窓会(北梅会)総会を、100名を超える会員の参加を得て盛大に開催することができました。

母校創立60周年を機に、元気のある活発な同窓会にしたいという会員の願いのもと、実行委員会を立ち上げて開催の準備をしました。
特にも、第21回生の皆様、同窓会役員の皆様、学年理事の皆様等には、大変なご尽力をいただきました。

総会に引き続き行われた懇親会では、実行委員長のあいさつ、第85回全国高校サッカー選手権大会において、岩手県立盛岡商業高等学校サッカー部を全国優勝に導いた、齋藤重信監督(第14回生)の表彰、そしてアトラクションなどがあり、懐かしい方々との再会を喜び、楽しいひとときを過ごしました。
以下に、その様子を報告いたします。

あいさつ

盛岡市立厨川中学校 同窓会会長 齋藤 弘
(第3回生)

昨年、総会において厨中創立60周年について意見交換を行った際、21回生の阿部憲悟さんから「厨中創立60周年を機に、元気のある活発な同窓会に成るよう、21回生が幹事役を引き受け60周年に相応しい盛大な総会にしたい。ついては皆様にも全面的にご協力を戴きたい」旨ご提案があり出席者全員の大賛同を戴きました。

21回生の皆様方、事務局の方々、同窓会役員の皆様等多くの方々のご努力により盛大な総会を開催できますことを大変嬉しく存知、感謝申し上げます。

昭和22年(1947年)3月31日に教育基本法が、同年5月3日に日本国憲法が施行され、新制度の下、厨川中学校も自由と平和を志す新しい学風の基に開校されました。その教育理念は厨中校歌に高らかに謳われています。

開校当時厨中の校舎は、兵舎であった木造2階建ての大きな建物でしたが、体育館や講堂がなく教室も暗く、学校としては恵まれた建物ではありませんでした。
しかし、周囲には見事な桜の花が沢山咲き、広い校庭、そしてその北端に、3本の大きな柳があり、更にその奥には現在の森永乳業の西後方まで、広々した草原が広がり、その原っぱでは同時に複数チームがサッカーで遊ぶことが出来ました。

創立60周年を迎え、同窓会員もこの春卒業の会員から70歳を超える年齢層にまで広がり、現在23,028 人となりました。厨中は岩手県内屈指の大規模校として、文化、スポーツ等倶楽部活動をはじめ、モデル授業等で新しい時代に相応しい伝統校に成長しました。
一例をあげれば、厨中サッカーは岩手県内の高校サッカーのレベルを上げ、今年全国制覇を成し遂げた盛岡商業高校のサッカーにも厨中の伝統的な力が貢献しました。同窓会員として大変嬉しいことです。

厨中創立60周年の総会にあたり、本会が母校と共に益々発展することを皆様と共に祈念致します。

お祝いのことば

盛岡市立厨川中学校 校長 田中 吉兵衛

昭和62年度に発足して、20年を経過した盛岡市立厨川中学校の同窓会がこのように盛大に開催されますことに、心からお祝い申し上げます。

日頃、同窓会の方々には、本校の教育活動にご理解とご協力をいただき、物心両面で本校を支えていただいておりますことに、深く感謝申し上げます。

本校も今年度、創立60周年の年にあたり、節目の年を記念し、講演会や祝う会を開催し、50周年から60周年までの100年間をまとめた厨中年誌を発行しました。

本校は、昭和22年4月に2学級120名で厨川小学校の併設校として開校され、昭和233年に青山小学校創立と同時に独立校として開校しました。
その後、生徒数が増加し、昭和35年には39学級、生徒数1,827名のマンモス校になりました。昭和36年の城西中学校、昭和47年の北陵中学校の新設などがあり、ここ数年は、学級数20学級(特別支援学級2学級)、生徒数680名前後で推移しています。

本校の歴史は、学校を温かく見守り支援していただいている保護者・地域の方々、教職員の創造的な教育実践、逞しい活動を展開する生徒たちによって創られてきました。

近年、生徒たちはそれぞれ活躍しており、運動部では、平成16年、18年のサッカーの全国大会出場をはじめ、各部がそれぞれの目標を持って毎日の活動に励んだり、生徒会の活動として、地区奉仕活動、ボランティア活動、合唱活動などに積極的に取り組んでいるという状況にあります。

私たち教職員も、同窓生の方々をはじめ、多くの方々の「厨中への熱き思い」に応えるためにも、「北梅の精神」を鍛え、「厨中教育」の一層の充実・発展のために尽くしてまいりたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

厨川中学校同窓会のますますのご発展と会員の方々のご清祥を祈念いたしましてお祝いの言葉といたします。

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